BOOKBOX ライティングの未来形




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翻訳とライティングの可能性

商品価値としての翻訳や通訳は単なる語学レベルでは通用しない。そこには表現され、伝達されなければならないものが必ず存在するからだ。
その点はライティング力も同じだが、翻訳や通訳には、「表現行為」に対するある種の透視力が要る。つまり、「表現者」への敬意が前提だ。
だから翻訳通訳者と表現者を行ったり来たりする「トランスライター」は自省的でもある。その多くは自身のライフスタイルをもち、均衡を保ちつつ、無理をせず、独自のワークライフを作りだしてきている。そして、そんなグッドバランサーは女性に多い。




編集者から翻訳者へ転身

西洋美術、国際福祉心理を学び、乗馬専門誌の編集記者として活躍、
発達障害児に関する海外最新情報の提供を願って翻訳者を志す。


フリーランスの翻訳者として何年になりますか
一日のスケジュールや取り扱いの言語、分野について、教えてください

翻訳の学習をはじめてから約2年、言語は英→日です。

現在は3歳児の子育てとホテルでのパート勤務の合間に、さまざまな翻訳語学習サイトに訳文を提出して評価を受けながら、自宅学習する毎日です。


これまでに手掛けられた翻訳は

翻訳ボランティアとして健康と病の語り ディペックス・ジャパンに登録しており、英語のインタビューを日本語におこすという作業に数本、参加させてもらいました。


発達障害に関する海外情報を提供したいというのが翻訳者を志した理由らしいですね

少しだけ乗馬経験があったので、1997年に『乗馬ライフ』という乗馬専門誌の版元に編集者として転職し、その取材先の一つで障害者乗馬に出会いました。車イスに座る重度の障害をもった子どもや、人とのコミュニケーションをうまくとれない自閉症の子どもたちが、とても楽しそうに、あるいは集中して馬に乗っているのを目の当たりにし、とても驚き感銘を受けました。

その後、自分の仕事について思うところがあり(多忙で体調を崩しました)、思い切って会社を辞め、アメリカに渡って障害者乗馬のボランティアをしながら取材活動をしてみようと思い立ったのです。滞在はビザの関係で2000年の11月から2001年の10月までの1年間でした。アメリカではオクラホマ州、ミシガン州を中心に、7軒のホストファミリーにお世話になりました。1軒目は日本で決めていきましたが、残りは現地で知り合った日本人をはじめ、乗馬ボランティアの運営先の乗馬クラブ、そのオーナーが教会を通じて探してくれたファミリーなど、偶然の出会いの連続でした。

現地では、地域の障害者乗馬プログラムにボランティアとして参加したり、乗馬クラブに滞在して馬の世話をしながら障害者乗馬のことを学んだり、その専門施設を取材したりしました。そしてなにより、障害というものを肌で感じ、家族として関わるという経験を与えてくれたのが、わたしより1つ年上の知的障害のある車椅子の娘さんがいたホストファミリーでした。そこでの生活や家族と話した内容は、その後の日本での活動に大きな影響を与えました。

そして、ざまざまな障害の中でも、発達障害、とくに自閉症は、本人や家族の苦しみが社会的に理解されにくい障害であると知りました。乗馬プログラムに参加していたある母親はこう言いました。「自分の子どもは自閉症でなくダウン症でよかった」。ダウン症も知的障害のひとつですが、とても陽気で人懐っこい性格であることが多く、社会生活にもなじみやすいといわれます。

一方、自閉症は対人障害があることで、両親をふくむすべての他人と関わることを非常に困難にしています。当時、日本で自閉症といえば、親の育て方が悪い、自分の殻に閉じこもった変わり者というのが一般的な印象でした。わたしは、乗馬ボランティアを通じて、これがとんでもない誤りであり、社会的な支援・理解を必要とする障害であると思いました。

日本に帰国後は、知的障害の子どもとマンツーマンで終日過ごすという、YMCAの託児プログラムに参加したり、地元で障害者乗馬のボランティアサークルに参加したりしました。また、東京福祉大学の通信教育課程に編入し、国際福祉心理を専攻しました。

第2の転機となったのは、2005年に行われたスペシャルオリンピックスの長野世界大会です。これは知的発達障害のある人たちのための世界的なスポーツ組織で、その世界大会を長野で行うにあたり、全国からボランティアを募りました。わたしも通訳ボランティアとして登録し、現地で活動しました。また、その大会開催前に広報活動として、全国各地に呼びかけたトーチラン(聖火リレー)に深谷市で参加しようと発起人になり、障害の有無を問わず、たくさんのランナーと駅前通りを走りました。そのボランティアの縁で現在の夫と結婚しました。

わたしは、こうした活動のなかで、自分がどのようにこの分野に関わってくかを考えました。障害のあるお子さんをもった日本のご家族が必要としていて、自分でも力になれそうなことはなにか。それは海外の最新情報を、正しく分かりやすく伝えることでした。欧米には、長年培われてきた研究成果や日本で知られていない情報がたくさんあります。また、障害のある人たちの家族やご本人によるノンフィクション作品も非常に多いのです。こうしたことを翻訳し、少しずつでも出版していければというのが、現在の夢です。


障害児に関する海外情報というものには、どのようなものがありますか。

アメリカの障害者乗馬の主な運営団体としては、NARHA(北米障害者乗馬協会)と、4Hクラブという米農務省の管轄下にある青少年クラブがあります。

各地域では多数ある乗馬クラブと提携して、障害のある子どもたちに乗馬の機会を与えると同時に、専門的なインストラクターの養成や、ボランティアのためのワークショップを行っています。NARHAは会員になると機関紙が送られてきます。
また、アメリカ自閉症協会(ASA)『Autism Advocate』という機関紙を発行しています。
現在は翻訳学習優先のため、WEB閲覧のみで情報発信はしていません。


以前、「乗馬専門誌」の編集をされていましたね

はい、国内外の乗馬クラブ、馬術競技会、馬具店、珍しい馬など、馬に関わるすべてのことを取材し、記事を執筆し、雑誌を編集する仕事です。

乗馬では、使う馬、使う馬具、乗り方、ライダーの服装まですべて異なるので、そういうことを乗馬初心者の方に分かりやすく伝えることを心がけました。
外乗(がいじょう:乗馬クラブの外で馬に乗ること)の取材では、自分も馬に乗って取材をしたので、かなりハードでしたが楽しかったです。

編集の技術面でいえば、当時はDTPへの移行期で、デジタルカメラもありませんでした。馬術競技会では、選手の顔と名前を一致させるために、出走表どおり全員の写真を撮り、編集部に戻ってから優勝者の写真をフイルムの中から探し出していたため、写真の整理にかなりの時間がかかりました。写植時代も知っていたので、版下を切り張りして文字を直す時代にくらべれば、DTPは圧倒的に楽になりました。でも、その分、デザイナーさんや編集部がパソコン上で文字修正をすることが増えて、なかなか校了しないというジレンマがありました。

忘れられないエピソードといえば、タスマニア取材での遅刻です。校了のため、徹夜明けでそのまま夜11時まで会社で仕事し、帰宅して翌朝、目が覚めたら飛行機が出る時間でした。取材クルーはシドニーで1泊してから現地入りしたのですが、わたしは航空券を切り替えてノンストップでタスマニアへ。奇跡的に取材開始時間に間に合いました。雑誌の編集記者は、体力と運で切り抜けていくことだと実感しました。


編集では、どのような点を心掛けていましたか

一番、気を使うのはインタビューでした。先方のバックグラウンドが分かっている場合は、あらかじめ勉強していきました。わたしの場合、質問事項は細かく決めていかず、話の流れの中でその人が一番語りたいことを引き出していくよう心がけました。ただ、相手が素人さんですと、取材に慣れていないため、あれもこれもと話したいことが増える傾向があります。

心に残るインタビューでは、こちらがうまく相槌を打ちながら話を促すと、相手が話しているうちに自分で考えをまとめ、核心をつく言葉を残してくれます。最終的には、リードとして印象のある言葉を引き出せたときの記事は、仕上がりも早く、納得のいくものができました。


編集のどのような点が難しいと

ロケ取材が多かったので、天候には悩まされました。限られた日数の中で、雨でも写真は取らなければなりません。見開き2面で使うメインページの写真次第で、雑誌全体のインパクトが変わってしまいます。悪天候だった場合は、ときおり顔を出す青空を狙って、一気に馬に乗って外乗の写真を撮るというのが実情でした。反対に、天候に恵まれていい写真がたくさんあるときも、写真を絞りきれず苦労しました。


編集者としての経験は翻訳に役立っていますか

もちろん役立っています。編集者の気持ちが分かるということです。翻訳者になることは、立場が逆転することですから、一番近い仕事相手である編集者とうまく仕事をしていかなければなりません。翻訳雑誌等でよく目にするのは、いくら優秀な翻訳者でも、社会常識がなかったり、人付き合いをおろそかにする人は、一緒に仕事をしたくないという編集者の意見です。

また、適切なことばを選び、人が読みやすい文章を書くことにこだわる姿勢が身についたことも役に立っています。はたして、それができているかは別として。


翻訳者として、どのような工夫をされていますか

いまはとにかく英語の勉強と幅広い教養を身につけることです。本来は大学でやっておくべきことですが(笑)。

高校の英文法から洗い直し、表現力以前に誤訳をなくす訓練をしています。読ませる訳文をつくるには相当の時間がかかりそうです。あとは調べものの訓練です。専門用語や日本にない物・人などの名前が出てきたら、それをきちんとした訳語に置き換えられるよう、調べ物には時間をかけます。また、古い作品に取り組むときは、その時代の映画を見たりして、なるべく頭に映像を焼き付けるようにしています。

教養という点では、欧米文学を知るという意味で、古典の基礎知識は必須なので遅ればせながら取り組んでいます。


翻訳のどのような点が楽しいですか

現在は毎日、本当に忙しいのですが、翻訳の勉強は楽しくて仕方がありません。毎日、朝6時に起きて出勤前に勉強しているくらいですから。翻訳学習者として楽しいのは、初見ではさっぱり意味の分からなかった作品を調べているうちに、こんなことが書かれていたのか、と理解できた瞬間でしょうか。おそらく、まだだれも日本語で目にしたことのない書物が、自分の翻訳で邦訳されたときは、もっと大きな喜びが得られると思います。


翻訳者としての夢などがありましたら教えてください

できれば、福祉・医療・教育・心理にかかわる、ノンフィクションや手記を扱っていきたいと思っています。専門書というよりは、障害のあるお子さんやそのご家族はもちろん、さまざまな理由で子育てに悩んでいる方々に読んでいただけるような内容のものを訳してみたいです。自分の訳書を読んだ読者の方から、「こんな本を探していた」というような感想を言ってもらえることが、わたしの翻訳者としての夢です。